迂闊にも程がある

迂闊なおばさんの悲喜こもごも

兄が今日父に会っている

 

いいお天気。

前回し忘れていた銀行の用事を済ませた後、あるところで新緑にまみれようと思っていたのに、空飛ぶカラスを見て生ゴミを出してくるのを忘れている事に気付いて大急ぎで帰宅した。

 

何か出鼻くじかれた感満載。せっかく気分転換するつもりだったのに生ゴミを出し忘れたために大急ぎで帰宅する自分が哀れというか滑稽過ぎて(笑)、出かける気は一気に失せる。

 

そう、本当は気分転換したかった。モヤモヤした気分を。

 

昨日、関東在住の兄からラインが来た。内容を読んでただでさえダダ疲れの仕事疲れを増大させる。その内容は

  • 突然ですが明日親父の所へ行きます。
  • 兄の長女と孫二人も一緒。もちろん兄嫁も。
  • 今、兄嫁の実家へと移動中。

 

文面だけ見ると別にどうという事ない内容。関東からわざわざ会いに来る孝行息子、誰でもそう思うだろう。

「いつも突然ですね~(笑) 運転気をつけて。もし父と外出するなら転倒に気を付けてくださいな」と返す。

いつも連絡があるのは前日か当日。私の都合を聞かれる事は一度もなく、はなっから「良ければ一緒にどう?」みたいな気は全くないらしい(笑)。

たまたま今日私は休みだったけど、何かお察しというか「はい、どうぞ。そちらの家族だけで水入らずでどうぞ」みたいな。

今回、父に会うのも何か途中で寄るって感じがしてしまう。兄嫁(この言い方があまり好きではないのでS子さんと記す)もとい S子さんのご両親が住まう兵庫県の実家への来訪がメインの目的なんだろうなって。去年生まれた兄の二人目の孫を見せる為に。

 

自分でもこんな事思ってしまうなんて、「あぁ~~~~っ、うっとぉ~~~しいっ!」とは思う。

 

ただ、いくら老人ホームに父を託しているとは言え、今まで私一人で父の色んな事をしてきたので、ちょっと何て言うんだろう、「さみしいな」って思ってしまった。

 

父がスマホも使えて耳もよく聞こえるなら「今日どうやった?」って聞けるのに。一方通行どころか何もわからない。

ただ、父は嬉しかったと思う。

満面の笑みで兄と兄の家族を迎えたでしょう。

ほんとはそれでいいんだ。

 

 

老人ホームに入るまでのしんどくて孤独だった父との関りが蘇ってくる。

 

過去を振り返るなんてアレだけど、あの時期の事も確かに私の人生の一部なのだからいつかブログに残してみたい。

 

まだ、母が健在だった頃、母が暇に任せてよく電話してきて「S子さんがなぁ、『何かあった時はうちに来て下さいね、部屋は空けてあるので』って言うてくれてるねん」という事を何度聞いた事か。

父も母も容姿も良くて優秀な兄が自慢で幼いころから「お兄ちゃんファースト」だった。特に父は兄の学歴と仕事のキャリアが大自慢。どちらかが一人になった時はてっきり兄の所へ行くもんだと思っていた。

 

父が定年退職後、兵庫県の某市に家を買ったのも、S子さんの実家がその街にあったから。関東の兄一家が帰省する際に便利だろうという理由。その分、私は往復300㎞かけて住んだ事もない実家への帰省、後には父のお世話の為に遠距離を通う事となる。片道150㎞を遠距離介護とは言うのかどうかわからないけど、前述の理由で遠くなった実家への道のりを受け入れるしかなかった。

 

あの頃は自慢の息子のところで両親のどちらかが余生を過ごすって思っていたのに、なし崩し的に私がいる大阪の老人ホームに父は入居し、まったく自慢もしてもらえない(笑)私が父の面倒を見る事になっている。

 

人生なんてどこでどう変わるかわからない。

 

 

うすいえんどうの実がなりました

スナップえんどうも。夫にこの実を説明する。
茹でてマヨネーズで食べるヤツやん。

 

くるくるくるり

雨上がりのお土産

 

 

 

お金の流れを整える

 

休みだというのに5時頃目が覚めてしまう。

仕事の日は同じ様に5時頃目覚めてもベッドの中でぐずるというのに、休日は何故かシャキーンと起き上がってしまう。

今でも低血圧だが若い頃は「こんなに眠いのなら、このまま一生寝ていたい」という位に朝は廃人レベルでダメな人間だった。前職の仕事関係者で毎日5時起きで晩御飯の支度まで全部済ませてから出勤するという人がいた。

「5時とか私にとっては深夜ですわ。何でそんなに早く起きられるの?」と聞くと、

「だって1日は24時間しかないのにもったいないじゃない」と言ってたなぁ。

当時は超人か!って思ったけど、今なら何か解るの笑)。

 

スーパーの9時開店と同時に店に入り、父のおやつ・チーズ・飲料・お掃除シート等を購入する。そこから某メガバンクのATM・ゆうちょ・私のメインバンクとはしごして用を済ましてから父のもとへ。

 

父は社長椅子に座っていた。

今日はさすがにエアコン(暖房)は稼働しておらずホッとする。

冷蔵庫に買ってきたものを収納しようとすると庫内には飲料がぎっしり。私が前に買ったものも飲んでいないの?父に聞くと「飲んでる」という。

いつもの様に部屋の掃除をし始めるとジィッと見ていて「あまり動かんとき。またしんどなるで」と言う。「はぁ~い」と返事する。

内心は(こんなもん動いている内に入れへんから)と思いつつ。

父の一見労わってくれている言葉を素直に受け取れない自分がいる。そういう自分がめんどくさって思う。

前に「心配かけんといてや、こっちのストレスが溜まるから」と言われた事が思いのほか引っ掛かっているっていうか…こんな事は今に始まった事じゃない。

 

それでもお互いにお互いを思いやる親子を演じて部屋を出る前には手と手を握り合ういつものクサさ もとい 麗しさ(衝動的に心から握る事もあるの)。

部屋のドアを閉める前にいつも思う。この父の姿を見られるのは永遠ではないという事を。逆に父が私の姿を見るのも永遠ではない。だから途中なんだかんだあったとて帰り際はちゃんと顔を見て手を握る。

「また来るね」「ありがとう」の言葉をいつも何往復するだろう(笑)。

これはお互いにお察しの儀式なのかも。

 

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昨日も休みだったので溜まっていたレシートを分類して家計簿(B5サイズ)をつけていた。アプリを使えば楽だとは思うんだけど、見開きで見渡せるサイズ感が好きだし、お出かけした際のチケットを貼ったりちょっとしたメモを書いたりと家計簿というよりも生活の痕跡帳というか。

 

午後から1年間の生活費の再確認をしてみた。

わが家は夫が自営なので把握がなかなか難しい。確定申告は税理士に任せているのでヘタな事にはならないとは思うけど。

 

固定資産税・光熱費・食費・通信費・自動車保険地震火災保険・最低限の医療保険国民健康保険(夫)・映像系のサブスク・お互いの私的活動費などザックリと試算すると昨年よりも支出が少ない。夫が抱えていた負債がなくなった事が大きい。

 

わが家の生活費がよそと比べてどうなのかは解らないけど、低年金で老後を生きなければならないわが家の場合、不毛な老後不安に怯えるよりも今の生活のお金の流れを把握する事がたいせつ(当たり前の事だけど。そこが曖昧になってしまってエライ事になってしまった時期があったのでこれは基本のキ)。

この様な事をこの先もちゃんと話し合える事も。

あまりシビアにならないように(笑)。

 

 

京都一期一会 ➁ 歩いて感じて

 

京セラ美術館で村上隆氏ワールドにまみれた後は美術館のお向かいの平安神宮へ向かう。せっかくだもの。本殿に向かって歩いていると紅白の垂れ幕の周りにおびただしい数の人々がカメラやスマホを紅白の垂れ幕の方へ向けている。

 

 

何事なん?

吸い込まれるようにして目にした光景に「わお!」っと思わず声が出た。

芸妓さんと舞妓さんが舞台で踊っておられるではないか。

私も知っている「月は朧に東山♪」という歌詞の演目。

美しい・・・。

タダで見ていいの?(いやらしい事を言うでない)

 

平安神宮例年祭翌日祭。極殿前の特設舞台で、神楽舞、舞楽、花街の舞踊などが華やかに上演される。

 

日本人のおばちゃんの私でも目が釘付けなのだから、はるばる外国から来られた方々は目がハートになっている(個人の感想です)。ほんとにそうだったらいいなぁ。

何か嬉しい。

やっぱり歩いて移動するっていい事もあるんだな。

 

南禅寺まで歩く。

20分近く歩いたけど周りの景色がいちいち(言い方)フォトジェニックなので飽きない。豊潤な水場に辿り着く。

 

 

南禅寺はもうすぐだ。

前に来た時は車だったのでこの景色や「琵琶湖疎水記念館」の存在にも気付けなかった(南禅寺参詣後立ち寄った)。

南禅寺に到着するとまず圧倒されるのが「三門」。ちょうど新緑の青もみじが美しい時期で三門の柱と柱の間から臨める向こう側の世界。額縁効果でイナバウアーくらいorマトリックスくらいのけぞる(個人差あります)。

 

私の目にはコレの1万倍くらいのアレでした

 

そして南禅寺は青もみじの楽園だった。これから濃くなる前のやわらかい色。もみじの花が咲くころの美しさが想像できる。

 

そして南禅寺といえば水路閣

数年前初めて見た時の感動がよみがえる。

 

水路閣

青もみじと共にある姿が麗しい

ここの水路閣でもひとりの女性と撮りあいっこした。「せっかく来たんですものね」が合言葉(笑)。

 

琵琶湖疎水が流れる

初めて南禅寺に来た時は夏で暑くて暑くて。この水の流れの涼感にどれほど癒されたことだろう。琵琶湖疎水の事をほんの少しだけ知った時に水がとてつもなく大切なものなのだと知る、色んな意味で。

 

帰路に着くため地下鉄東西線蹴上駅を目指しているとまた出会ってしまう。

蹴上インクライン

線路の両脇には葉桜。満開の頃はさぞかし美しいだろうなぁ。

 

蹴上インクライン

 

私は美術館に限らず割とひとり行動が多い。時折家族サービスとして夫との日帰りバスツアーをセッティングする事もあるけど(エラそ~に)。

ひとり行動の自由度は手離せない。

 

さておき、行きたいところへ歩いていける足でいたい。

歩いて見て歩いて知って歩いて感じて。

 

∴ 足は大事(ほんまに)。

 

京都一期一会 ①

京都市京セラ美術館 新館東山キューブで開催されている「村上隆もののけ京都」に行って来た。

 

kyotocity-kyocera.museum

 

連日夏日が続く中、今日は薄曇り。たくさん歩いてもバテないだろうという目論見もあり、行かなきゃねって事で。

家を午前9時前に出て現地まで約2時間弱。当然私の事なので乗る電車を間違えるなどの苦難を経ても予定通りの時間に着いてしまうという奇跡(笑)。

当初は美術館に一番近い駅で降りるつもりだったけど調べてみると京阪三条駅で降りて歩いても16分と公式HPに書いてあったので三条で降りることに。ちょっと周りの街並みも見たいもん。

駅から地上に出て早速途方に暮れる。私は病的な方向音痴のトホホな女だ。

でも、あんまりキョロキョロするのもアレだし、「私、迷ってませんからっ!」みたいなどうでも良い(誰も見てへんからっ)強気もリミットを迎えた。

 

あかん・・・

 

ある交差点で私よりちょっと年上かしらん?と思われる女性に思い切って声を掛けた。

 

「京セラ美術館はこの方向でいいのでしょうか?」

「ええ、合ってますよ」

 

ちょっとした会話の後、何とこの方が

「私ちょうど帰るところやから、そこまで一緒に行きますわ」とおっしゃって下さる。

感激 などと言う言葉では補えない程の・・・。

 

地元の方ならではの路地を通って下さって「ここのお饅頭おいしいのよぉ」とか。せっかくだから頂こうかな?と思ったけどお店はまだ開店準備中。お隣は蕎麦屋さんで若い女性が並んでいた。「ここは前は足袋屋さんやったの」と教えてくださる。

 

何てステキなロケーション(利便性・文化度の高さ)で生活されているんだろうと、つい思ってしまうのだけど、やっぱりオーバーツーリズムで普段の暮らしに影響は出ているとの事。

「ちょっと用事があってもバスに乗られへんのよ」

 

自分の立場だったらどうかしら? 

わが家の周りにいつもいつも知らない人がいて家の写真とかバシバシ撮られて大きな声で喋ったり…。

 

「ここを抜けたら平安神宮の鳥居が見えますから。その隣が美術館ですよ。美術館楽しんでくださいね」

サラリと去っていかれた。

おっしゃる通りに目の前には平安神宮の赤い大きな鳥居が見える。その時の安堵感と感動ったら。

 

まだ、お昼前だけどお腹を満たしておかないと村上隆氏のパワーについていけない。

赤い鳥居が見えるコンビニの前にしつらえられているお茶席の縁台の様なところで、購入した鮭おにぎりとチキンをほおばる。私の周りは外国の方ばっかり。

 

村上隆氏展については冒頭でリンクしてるけれど

ここ見てください。

私はアートは大好きだけど語るのは苦手なので。

村上氏の京都展については4月21日(日)NHK日曜美術館」で特集する。

展示は全作品撮影可。

 

京セラ美術館は建築物としてもすばらしい。周りの環境にしっぽりしてるの。

 

私は思い切って行って良かった。

東京の次女に「行ったよ~」って思わずラインしたくらい。

 

その中で個人的に一番残ったのがこれ。

 

 

電車に乗っていて車窓の景色を楽しんでいると突如現れる「727」と書かれた看板。

私もこれはリアルに体験している。しかも通学・通勤での事だったから日常だった。

ただ何度見ていても唐突感はあった。また「727」て…とは思っていた。当初は時流に乗って付けたネーミングなんだろうけど、ちょっとした切なさを伴う時代遅れ感。ただその看板が新幹線の車窓から見えるくらい全国区だったなんて。解らない方には何のこっちゃ的なアレなんだけど、えぇ~、知ってはったん?みたいな(笑)。

村上氏の考察はもっと深くて、あっ!と思わせてくれるのだ。

観覧後ミュージアムショップでフラワーの横長のカードとこの727のポストカードを買った。

 

ひとりで来ておられた女性と撮りあいっこした。ありがとう。

道案内して下さった女性がこのヴィトンと金ピカの事をおっしゃっていて、目の前にした時は「あぁ、これの事を言うてはったんや!」って何か嬉しかった。

 

とても歩いた。

明日は仕事なのにって一瞬よぎったけど目の前の感動には負けるんだな。

 

こんな感じのおじ靴が好きなんだけど、
今日こんなに歩いても疲れない事が証明されて嬉しい。

 

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早朝に見つけた!うすいエンドウとスナップエンドウの花が咲いた❣
ほんとホッとして思わず「いやっ咲いてる」と声が。

 

花は必ずしも咲くものではないのかも知れない

 

完璧な晴天。

今日の起床時間は7時半。夫はとっくに仕事に出掛けていた。ご苦労様でございます。

 

こんなにいいお天気だからどこかに出かけりゃいいものを庭の草引きなんざしてしまう(行きたいところは何か所かあるんだけど、ひとりで出掛けるなら平日が◎)。

今回は地を這いつくばる様にして勢力を伸ばしているロゼット状の草を狙いうち。先が二股に分かれた道具を両手に持って二刀流でちょちょいのちょいっと片っ端から抜いていく。道具は大事。

 

3月初めに小松菜の切った根元をお豆腐の空き容器で水耕栽培(リボベジ)していたものが結構根が出て来たのでプランター栽培に変えた。虫除けカバーもかけて大事に栽培していたら結構成長してくれて花芽が付き出したので今日収穫した。

 

左から:小さな切り株からこんなにも生き生きと育ってくれて嬉しい♪ 根もこんなに伸びていた。小松菜と新玉ねぎとムキエビのパスタにして美味しく頂いた。

 

ただエンドウ豆の花がまだ咲かないのが気になる。花は咲いていないのに朝からずーっとチョウチョ達がエンドウ豆の周りをひらひらと舞ってくれている。花は咲いていないけど明るいグリーンの葉っぱと白い蝶が美しくて、ついつい草引きの手を止めて見ちゃうんだな。チョウチョ達もうちょっと待って、今日有機100%のめっちゃ香ばしい香りの肥料を追肥したから(一縷の望みをかけて)。

 

花の分だけ実になるのだけど…でもね、もし花が咲かなくても私は大丈夫(笑)。子育て時期が終わってもう随分経った私だけど、何かを育てる事にこんなにも一喜一憂させてくれてるんやもん。

 

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午後から父の所へ。

おやつと飲料をたっぷり買い込んで。

部屋に入った瞬間に午前中の雑草の小さな花やエンドウ豆の周りを舞うチョウチョ達の事はどっかに行ってしまった。

何と部屋は暖房されていてもわぁっとしている。

リモコンの温度設定は何と28℃。

父の顔は赤くなっていた。

急いでエアコンを切る。

すぐ父にペットボトルの水を渡して飲んでもらう。

 

言いたいことは山ほどある。

でも、この時言ってしまっていたら私が落ちてしまうことはわかっている。

 

ホワイトボードを使って

時計はしっかり日光に当てたら復活したよ、

部屋のカーテンを開けて時計だけじゃなくてお父ちゃんも日に当たるといいよ。

今日、暖房ていらんと思うよ。

・・・・・・・・・・・・・

 

部屋やトイレの掃除をして気を紛らわす。

でも一刻も早くこの場を離れたかった。

掃除する私の事をじ~っと見ている父の視線がしんどい。

 

帰宅してからも草引き続行。

隣家のポピーのこぼれ種かな?

黙ってさりげに咲いて。

人はそんな事無理ってことも解ってはいるけど。

 

プロ店員さんとお日様のチカラ

 

いいお天気が続いている。

でも私の天敵ヒノキ花粉がアレ過ぎて目をこすり過ぎたせいか瞼が腫れぼったい。ただでさえ加齢による瞼の下垂が気になっているというのにあんまりやないの。アイメイクも出来ないときたもんだ。何かすべての輪郭がぼんやりしていく(笑)。

 

それでも冬の寒さで委縮していた(様に思う)カラダが緩んで伸び伸びしている様な気がする。フィットネスクラブも辞めてしまったので朝起きたらラジオ体操している。何か典型的な中高年の早起きスタイルみたいで我ながらイトオシイ(笑)。

 

前に父に会った時に

「時計のソーラー電池換えて来て」と言う。

えっ!? また面倒くさい事言うてきてからに。

それでも真面目な私は(笑)翌日には近所のショッピングモール内の時計屋さんに父の時計を持参して訊いてみた。

 

店員さんは二人いらして先に対応したひとりは(アラサーか)ソーラー電池を換えるにはメーカーに預けないとならないので1カ月くらいかかると言う。しかもその価格に目が点。

もうひとりは(アラフィフ?)「交換される前に10日間くらいしっかり日光に当ててみてください」とおっしゃる。

そう言えば父はいつも窓のカーテンを引いたままで部屋の照明を着けて過ごしている。私は「辛気臭いなぁ、もう」とシャァ~ッとカーテンを開けるのが常だ。

 

「わかりました!やってみます」

 

ふたりの店員さんの対応の違い。経験の差かしら。

先に対応してくれた方の後から私に提言してくれるまでの間(ま)というか(あなた(先に対応した方)の対応ももちろん間違ってはいないけど…)っていう自然な流れ。とても気持ちの良い対応。

 

これが4月8日の事。今日までしっかりと日光に当てたら何と父の時計の表示が正常化した。10日間どころか5日間で復活した。

ありがとう!お天道様。ありがとう!プロ店員さん。

電波時計で時刻も正確だしデザインは特にアレだけど質実剛健というか私も気に入って使っているので、父のが復活して本当に嬉しい(電池交換に何万円も取られずに良かった 笑)。

 

右が父ので左は母の形見、私が受け継いでいる。

 

お日様の力は偉大だ。父の時計もやる気を出してくれたし(今日しっかりと日焼け止めクリーム買ったけど)。

庭の雑草たちもやる気満々なのよ、これがまた。ぴょこぴょこと上に伸びている子は引きやすいけど、手強いのは!地を這うように伸びる子。あなたたちにもきっと理由があって地を這いつくばる様にして生きてるのかも知れないけど、私たち人間にも見逃せない理由があるの。ごめんやけど、引かせて頂く(キッパリ)。

でも、よくよく見ていると小さな可愛らしい花を咲かせている子もいる。「きゅうり草」はちょっと引かずに残したくなる可憐さ。

 

ブルーベリーの花が咲き出した。鈴蘭みたいに下を向いて並んで咲いている。
もう蜂たちが来てくれていて今年もたくさん実るといいな。

 

3月初めに苗で植えたうすいえんどうとスナップえんどうの花が咲かない。
この子たちは晩生なんだと自分にいい聞かせる毎日。

 

さざ波から凪へと

 

昨日父に会った。

ここしばらくは摩擦や軋轢もなくいい感じだった。

昨日も大きな波はなかったけれど私の心にさざ波が立つ出来事が。

いつもの様に部屋の掃除をしたりおやつや飲料を冷蔵庫に補充したりしていると、父がジィッとこっちを見て「あんまり動きなや」と言う。

「・・・?」

「あんまり動いたらまたしんどなるで」

「風邪ひいた事?あんなもんとっくに治ってるし大丈夫やで」

「・・・・・」(聞こえてないのかも)

 

帰り際にもベッドに寝転びながら

「あんまり心配かけんといてや。ストレス溜まるから」と父は言った。

 

ここからは器の小さな私の心の叫びなのであしからず。

 

はぁ!? それってこちらのセリフなんですけどぉ!?

コロナに罹ってしばらく会いに行けないので逆に心配というか不安にさせてはいけないと思って「風邪を引いてしまいしばらく行けないけどごめんね。私は大丈夫やから」とラインした事も本当は躊躇った。はい、父はとっても気の小さい人 もとい 心配性だから(コロナに罹った事はもちろん秘密。そんな事言おうものなら…。) 

でもね!それって私の事をほんまに心配してくれて言うてるの?って思っちゃうんだなぁ。今までの父との関係性から鑑みると(表現固い)。

父の自分を心配させるなというある種の圧。

遠回しの静かな、父すらも気付いていない圧。

その時はそういう所が大っ嫌いだと思ったけど、自分が父の立場になったら…と思う。書いている内に何か「そんな事やねんな」と思えてくる。昨日だったらまた違ったのかも知れないけど。

 

今日のNHKの「あさイチ」のテーマが「お悩み相談」。ゲストのひとりが大好きなジェーン・スーさんだった。視聴者からのお悩みのひとつに「老いた親との付き合い方」的なのがあったのだけど、観ている時は「うんうん、そうそう」とか思ってた筈なんだけど、今振り返ると断片的にしか覚えてない(笑)。さざ波が立っていた私の心は凪になっていた。凪という表現はゲストのいとうあさこさんの言葉。今は何もなくて穏やか。

 

てなワケで髪を切りに行く。前回に比べたらマイルドな(笑)カット(担当が毎回変わるのです)。誰も切った事に気付きにくいパターン。そこは少し不満(笑)。

 

とても立派なたけのこを400円でゲット(ぬか付)。

ちょっと小ぶりだけど夫婦ふたりならちょうどいいサイズ。

たかだかたけのこを湯がくのにも時間はかかる。

仕事がお休みで時間があるから出来る事。

 

若竹煮にしましょう。