迂闊にも程がある

迂闊なおばさんの悲喜こもごも

父のキラーワードに救われる

 

午後、父を迎えに行く。

自動ドアの向こうのロビーでソファに座っていた。私が父に手を振ると、父は「こっちに来て!」と言わんばかりに手を縦に振って手招きをしているのだ。何やら不穏な様子。いや、言ってあげたいけどちょっとそこまで行くだけでも、手洗い・消毒・うがいしてからでないと館内には入れない。知ってるでしょ? 一体何事?

 

スタッフさんがこちらにいらして何やら説明をしてくださる。

父が「今日の予定の事を聞いていない」と言って少し立腹しているらしい。今日の昼食外出の件はホームには事前に電話連絡してある。父には一応ラインを送っているが、いつ見るかもわからないので電話でスタッフさんに「父にも伝えて欲しい」旨をお願いしてある。それはいつものパターンだ。

 

車に乗り込んでから発車させる前に父に尋ねてみた。

「今日の事聞いてなかったん?」

「うん」

「スタッフさんに前もって電話してあるよ。聞いてないの?」

「うん」

「私のラインは見た?」

「いつもちゃんと見てる」

「既読になってないよ」

「いや見てるよ」

 

何かイラっとした。

でも食事前に険悪な空気になるのもアレなのでとりあえず王将へ急ぐ。車ですぐに着く所だけど運転しながらモヤモヤしてしまう。車中、無言。いつもの様に腕を支えてふたりで必死な感じで歩いて店内へ(歩行介助が必死というより漂う空気が)。ただ、今日は先日の転倒後、私のアドバイスを聞いてくれて杖をついてくれていた。

 

向かい合ってテーブルに座ると父がジッと私を見て「眼鏡変えたん?」と言った。

「あ、気ぃ付いてくれたん?」と答えた途端に、何かワケの解らない涙が込み上げてきた。自分でもビックリして慌てて席を立ち父には「車に忘れ物を取りに行ってくるわ」と言って、バッグからキーを掴んで車に走った。実際に筆談用のホワイトボードセットを忘れていたし。でも掴んだキーは何と家の鍵だった。こんな時にもアホな間違いして…と急に冷静になる自分がいた。

助かった。これで父にワケのわからん涙を見られずに済む。

迂闊も時には役に立つもんだ。

 

父が新調した眼鏡に気が付いてくれた事で空気が変わった。眼鏡を踏んでしまって潰した事。取りに行く日をうっかり忘れていた事などを話すと父はすっごく嬉しそうに笑っていた。相変わらず注文は天津飯と餃子。普段は食の細い父だが天津飯の食べっぷりだけはいつも見事だ。

 

父の部屋でいろいろととりとめない話をしたり掃除したりして、こわごわ聞いてみた。

スマホのラインの見方わかる?」

「うん」

「ちょっとやってみてくれる?」

父がスマホを手に取る・・・・・・やっぱりおぼつかない。

方法も若干間違えているけど、簡単スマホの最初の画面で「左にスライドする」という動作が片麻痺の父には難しいのだ。もう一方の手で押さえられないからスマホ本体がくるくると動いてしまう。とりあえず、再度レクチャーしてやり方を紙に書いて壁に貼っておいた。麻痺側の左手を常に少しでも動かすことも一緒に書いて。

帰り道ダイソーに寄って14cm×14cmのラバーマットを購入する。これにスマホを置いて操作したら動かずに安定するかも知れない。今度持っていこう。

 

帰る時、ホームの常勤さんたちと話す。今日の外出の事を聞いていないと父が訴えていた件は、やっぱり父が忘れていたという事がわかった(しっかりしている様でもやはり93歳)。以前も同じような件で父が立腹した事があり(それは報告を受けていた。聞いている間いたたまれなかったな)、それ以後は口頭で伝えるだけでなくメモに書いて渡して下さっているらしい。今回は父がそのメモをなくしてしまった様である。ラインもいつも何日かおきにスタッフに「見て」と頼んでいるらしい。

常勤さんの話を聞いていると、そうですよね、大変ですよね、ありがと~と思う。

反面、父の事を愛おしく切なく思うのも本音のところ。イラっとする事があったとしても。

 

私は今は月に半分くらいしか働いていないデイサービスのパートだけど、僭越ながら介護する側と介護される側(正確には介護される側の家族だけど)の両方の気持ちがわかる。解るだけにしんどい事もある。

父がお世話になっているからと言って必要以上にへりくだる事はないけど、人と

人との関りとして礼節を忘れないという事だけは肝に銘じているつもりです。

 

 

それにしても、父はいい球を投げてくれた。

「眼鏡変えたん?」

あの言葉がなかったらロビーでの父の不穏な様子を思い出して、

せっかくの父との食事中にずっとモヤモヤしたままだった。

さすが、昔モテただけの事はある。よう見てはるわ。

うちの夫に爪の垢でも煎じて飲ませたい(悪口で〆かい)。

 

 

 

スマホは苦手だけど、パソコンはwordで毎日日記をつけ、excelでカレンダーを作ったりも出来る。パソコンがピンクなのは姪っ子のお上がりだから。