迂闊にも程がある

迂闊なおばさんの悲喜こもごも

似たもの同士

 

朝イチ口腔外科受診、親知らず抜歯後の最終診療。

あれほど恐ろし気な…とおののいていた治療があっさり終了。

親知らず抜歯 恐るるに足らず(どの口が言う)。

んな事は言うてられない、踵を返して父を迎えに行き、とんぼ返りで同病院の外科へ。

父の左手の傷は9/29受診時よりも乾いてきており、5針縫った内の半分だけ抜糸した。半分だけ抜糸ってあるんだ…と妙な感心をする。

 

今日の父は何となくち~んとしてるっていうか、精彩を欠くというか。いや、元々ギラギラした人ではなかったけど。そりゃそうだ、93歳で月に2回もこけて5針縫ってヒビが多分入っていて娘には気ぃ遣うし(笑)。「気ぃ遣わんといて」と言ったとて性格的に無理だろうから大いに気を遣ってくれたらいいとは思ってる。ただ、娘に職員さんに言うのと同じ口調で「すみません」て言うのはいかがなものか。

 

「すみませんて、何よ~やめてよ~」と言うと、「すみません」と返してきたから、「えっ!?」二度見したではないか、ひょっとしてボケはったんですか?ああ、この年齢の人に「ボケたんですか?」と書くと生々しい。ツッコミに対するボケという意味なワケで…。ええい、こんなこと説明するのもこっぱずかしい。

 

父は本当に体力がなくなった(何よ、いきなり)。少し長い距離(50メートルくらい)を歩いたらふぅ~~っと倒れそうになる。年齢のせいもあるけど、コロナが5類になるまでのあの3年間[1]の「動きたくても動けない」状態があまりにも長過ぎた。脚力が落ちるのも仕方ないかも知れない。健康な私たちでさえ「出勤停止」「ホームステイ」とおこもりしていた時期があったし、みんな運動不足を心配して家で出来る運動器具やエクササイズのyoutubeが大人気だったもの。

この5月にやっと行動制限がなくなって、わが家に招待したりランチや買い物に行ったり出来るようになったけど・・・・・こけた。

健康で自由な私側の発想かも知れないけど、考え方を変えれば父がこけてケガをしたおかげで(おかげっていうのもアレだけど)頻繁に外出して頑張って外を歩いている、お日様の光も目一杯浴びている。

ただ、病院内移動はなかなかの距離を歩くので、その日の歩行の調子次第で車いすを使う事もある。今日なんか駐車場の警備員さんが車いす押して走ってきはった。「イケますかぁ」って。どんだけ必死に見えたんだろう(恥ずかしい)。

 

父は以前にも書いたが神経質で細かいところがあるが、段々色んな事がどうでも良くなってきた感がある。体力の低下と共に気力が落ちて来たのだろうか。それでも身なりはいつも小綺麗だし、デスクの物の配置もいつもきっちり。私がちょっと動かすとササっと元に戻している。そんな時の動きは実に素早い。

 

先日、血の着いたGパンを頑なに脱がなかったという話を聞いた時、綺麗好きな父がなぜ?とショックだった。その話を聞いた後日に、「何でGパン脱がなかったの?」と聞いたら、「邪魔くさかった」と言った。まさかの答えだった。職員さんに脱がしてもらうのを遠慮したのかと思っていたから。

 

で、その際に父と話した事は(大事な事だからホワイトボードの筆談で)、

「今日病院で私がホワイトボードのマーカーで服を汚したやん、ほんでお父ちゃんが『トイレでチャチャっとあろといで(洗っておいで)』て言うたやん、でもあの時に私が『邪魔くさいからええねん、ほっといて』って答えたらどう思う?」

父はう~んと唸って、少し間を置いて「ほんまやな、ええ気はせーへんな」と言った。

「せやろ~。ほんでな『邪魔くさい』から始まってどんどん落ちていく人を今までに何人も見て来たよ、私」

父は神妙な顔で聞いていた。

 

帰りに施設長さんが「あれから僕らの言う事聞いて下さる様になって」と。

9/25にキツメに申した事(筆談だけど)が効いたか。

でも非常事態では遠慮はしません、本音でぶつからないと響かないんだもの、あの人には。だからってキツメばっかりだとこちらの神経もやられるのだよ、ったく。

 

父の「邪魔くさい」がほんの少しで済みますように。

まぁ、私もすぐに「めんどくさ」って言うから人の事は言われへんけど 笑

 

 

[1]実はコロナ禍の最中も父は転んで手首を折って私と一緒に病院通いしていた。リハビリのため半年くらい通ったので父のコロナおこもりは実質2年半。同じホームの住人さんに羨ましがられたっけ。