すっかり「アレ」な人になってしまっている。
「アレ」というのは良く言えば「迂闊」(笑)、
ぶっちゃけたら「何かネジ一本足らん」または「ヌケてるもしくはうっかり」という事である。
いい年をして情けない次第だが、もう治らんやろ、この年まで来たら。
そうだそうだ、うまい事つきあっていったらいいのだ。
て、話し終わってまうやん。
何開き直っとんねんちゅ~話ですわ。
若いころは信じていた。
人というのは年を重ねる毎に経験を積み成長し、短所である部分も改善されていくはずだと。
たしかに経験は積んできた(当たり前だ)。
若干の成長も見受けられる(老化とかベタな事は言うまい)。
ただ、私の取説の目次の第一項に太字で記されている「迂闊」に関してはどうだ?
改善されているどころか進行しているような気がしてならない。
「はてなブログ」のおすすめのお題「人生で一番やらかしたこと」というのがあるが、
いやいや書けませんて!レベル10過ぎて書けません。
残念だが一番は墓場まで持っていくしかない(誰も期待してない)。
書けるレベルの「迂闊ネタ」なら近所の図書館の蔵書数より多いかも知れない。
図書館の名誉の為に申し述べるが、決して蔵書数が少ないと皮肉っているわけではない。そのくらい枚挙にいとまがないという事なのだ(何をえらそ~に)。
かなり前だが、三好春樹氏(日本の介護、リハビリテーションの専門家。生活とリハビリ研究所代表 1950年生まれ 広島県生まれ 著作「老人介護じいさん・ばあさんの愛し方」新潮社は名著だと思う)の講演会を前職の仕事で取材のために聴いた。その中で三好氏は「年をとると人格が形成されるため、性格が穏やかになり丸くなると言われるが、丸くなるどころか人格が完成されるどころか、年をとると個性が煮詰まる。真面目な人はますます真面目に、頑固な人はますます頑固になる」とおっしゃっていた(私のかすかな記憶ではスケベな人はますますスケベにとも言っていたような)。
聞いた時は目からうろこだった。
そしてちょっと軽く絶望した。
当時の私は手垢にまみれたステレオタイプな概念「年を取ると人はまるくなり、人格者となる」と安易に思っていた。ぶっちゃけ年を取ったら云々かんぬんという事を気にもせずに生きていた。当時はそんなに高齢者と関わる事もなかったし、現実を知らないお花畑脳だったのだ。
でも、今ならわかる。
転職してその現実を知ったから(笑)。
え? なんの話だっけ?
そうそう
年を取ると個性は煮詰まる
うっかりしてると自分の個性に私が占拠されそうになってしまうから、自分なりの振り返りというか、個性の指さし確認的な作業の一環として(笑)
こんな雑記を記す所存であります。
話 飛ぶ飛ぶ(笑)