父は耳が遠い。
もうすぐ93歳なので致し方ないとは言え遠い。そして耳が遠いがゆえに声がデカい。
このブログでも父の耳の遠さについては触れているが、もしかしたら「補聴器つけたらええのに」と思われたかも知れない。
つけてるんです(写ルンですみたいな)
正確に言うと持ってはいるのだが、どうもお気に召さないみたいでつけていないことが多い(両耳で約40万円位しているのに。も~すぐ値段言う)。
ところがですよ、昨日『王将』に行く前に小さな紙袋を差し出し、
「ここに行くから!」と引くほどデカい声で言うではないか。
その紙袋には某大手眼鏡屋さんのロゴが印字されている。思わず中を見ると、紙袋の
底に補聴器一式が鎮座ましましていた。
「えっと、補聴器の調整に行くって事?♪」
「はいっ!♪」(そのドヤ顔ときた日にゃ)
「はいはい、先に『王将』ね。お腹減ってたら余計に聞こえにくいかも知れんし」
「それはないっ」(そこは聞こえたんや)
ランチ後、某大手眼鏡屋さんへ。コロナ前には補聴器の調整に何度か通っていた。
担当のお兄さんも(滝藤賢一似)変わらず勤務されていた。滝藤さんは隕石が落ちてきても大声を出したり取り乱すことはないんじゃなかろうかという落ち着き払った人だ。
「お久しぶりです」(いやんちゃんと覚えてくれてはるぅ♪)
滝藤さんが補聴器の調子について父に色々聞いているが、いかんせん滝藤氏の声はバリトン歌手のように響く声質ではないので、どうも父には聞こえていないようだ。
いつものように私が父の耳元で通訳しようとすると、あろうことか父が近づけた私の口を手でさえぎろうとするではないか。
「ははぁ~ん」
今まさに父の煮詰まった個性が発揮されているのだ。
そう父は「ええかっこしい」なのだ。
(気持ちはわかる、うん、わかるぞ~。ささやき女将じゃあるまいし、あまり見栄えのええもんちゃいますわな。娘にいちいち耳元でコショコショささやかれるのは。でも今はやっとその気になってくれた補聴器調整やんか、何年ぶりやと思てんのん。ちゃんと聞いとかなあかんやん。)
と、思っていたら滝藤さんが補聴器持って席を外した途端に、父が私にささやいた。
「うかちゃん、聞いといて。ほんで後で言うて」
「・・・・・・・・え ええよ」
要するに父はさも分かったかのように聞いている振りをし、その横で私が聞いた事を小さな脳みそ(見たことないけど)に叩き込んで、その内容を後でこっそり伝えてね~~~ん、とゆ~父のたくらみである。
もぉっ、じゃまくさっと思っていたら、滝藤さんが戻ってきた。
「私少し大きい声でがんばって話しますので」
「え?」
丸聞こえだったようだ(笑)。
父はささやきですらデカかったらしい。
私が「すみませ~ん」と笑いながら言ってる横で父のお澄まし顔。
(いや、もうバレてるから)
その後も滝藤さんは私たち親子を前にして力の限りに声を振り絞りながら、懇切丁寧に説明してくださる。
すごい人だ。
プロすぎる。
私ならわろてまうわ。(※笑ってしまうわ)
さも聞こえてます風を装う父親と、何か知らんけど笑いをこらえている娘。
そんなおとぼけ親子を前にして、ようそんな冷静でいられるなぁ滝藤君、て小一時間ほど問い詰めたい。
親切な滝藤さんは私たちがお店を出る時も「ありがとうございました」と入口のドアまで送ってくださる。補聴器の無料調整をしてもらい、補聴器を入れるケースの160円の乾燥剤しか買っていない私たちなのに。
「滝藤さんはすごいわぁ」と感動しながら店の外へ出たその時、
父が段差を降りる時にぐらりとよろめいた。私が咄嗟に父の腕をグワシッと掴んで事なきを得たが、
滝藤さんが大きな目を見開き、
「だいじょうぶですか!」と本気の大声で駆け寄ってきてくださった。
滝藤さんはすごい。
惚れてまうやん、こんなん(笑)
(明日に続く)