迂闊にも程がある

迂闊なおばさんの悲喜こもごも

あなたの前ではいい人だけではいられない

何かコトが起こった時だけでなくなるべく日々の記録を残していきたいと思いつつもなかなかままならない。仕事がある日は疲れてしまって(心身共に(笑))書けないと言うか書く気も起こらないというか「こんな事書いてもどうにもならない」という妙に賢い自分がいたりもする。日々の暮らしや営みの中でも特筆すべきアクションがなくても心や感情は常に動いているのにね。疲れていても書きたい事がある、それについてどうしても書きたいという並々ならぬ欲望というか発露が乏しいのだろう。

 

前回のブログで久しぶりにワインを飲んで「飲まずにやってられるかい!」的な事を書いたけど、そこまでの勢いというかある種の情熱みたいなものを持って飲んだわけでもなく負の感情を一時的にごまかすためのアルコール・・・書いていて自分でも理屈っぽいていうか言い訳がましいし・・・(どないやねん)。

 

前に父に会った時あまりにも会話にならない、だんまりを決め込んでしまった父に対して「じゃ帰るわ」ときびすを返してしまって激しい自己嫌悪の嵐が吹き荒れた事も程度の差こそあれ何回か繰り返している。

父に対して悪い事(嫌な態度を取ってしまった)をしてしまったと感じた事は本当だけど、自分がいい人でいたい って事はどっかにある。

 

父がいるホームに対して。

父をお世話してくださる方々に対して。

こんな事を誰かに話す時とか、このブログでの文章とか…。

 

ただ肉親である父にはいい人ではいられない。

私はただの娘でしかない。なんだけど父に物理的にも心情的にも一番近い人物は私だ。

だから他人ごとではなく本音でぶつかってしまう。

元々 豪放磊落な人では決してないし、見栄っ張りだし気は小さい人。

私だって父に向き合ったのは母が亡くなってからで、

それから遠距離介護が始まり父の性格を嫌というほどに知った。

 

私はいい人でいようと思う。父に関わる人たちの間では。

それは大人のお付き合いの仕方だと思うから。

父と父に関わって下さる方々と私がそこそこご機嫌よく接していけるように。

ただ、余りにもアレな時はモノ申しますけど。

 

私は父に対しては作り笑顔が出来ない。

介護の仕事はしているけどそこは別。

不器用で申し訳ないと思うけど無理な物は無理。

 

 

今日の私は休日。

夫は仕事。よくあるひとりの休日にのんびりマイペースで自分の時間を過ごした。

行こうと思えば行けたけど予定通り父のところへは行かず。

一本映画を観た。

家事的な事以外に特に何をしたでもないけど心はフリーでイージーな一日。

 

一か月分溜まったレシートを見ながら家計簿記入。
捨てた消費の証拠が綺麗だったので。